水路の上に誕生して60年、豊橋の魅力を高め続ける「水上ビル」の新たな取り組みとは?
駅前再開発が進む豊橋のまちなかで異彩を放つ「水上ビル」は、全国でもまれな水路の上に建設されたビルです。誕生から60年、形はそのままに中身の進化を常に続けてきた水上ビルは観光スポットとしても人気を集め、豊橋の価値向上に貢献しています。そして今、その界隈ではさまざまなおもしろい取り組みが行われています。そこで今回は大豊協同組合代表理事の黒野さんと「みずのうえ文化センター」実行委員会会長の山田さんに、水上ビルにまつわるさまざまな話を伺ってきました。
商店街とともに始まった水上ビルの歴史
――まずは「水上ビル」と「大豊商店街」の歴史と概要についてお聞かせください。
黒野さん:水上ビルは豊橋市民に馴染みが深く、まちなかの象徴ともいえるビルです。水上ビルは通称で、実際は豊橋駅から近い順に「豊橋ビル」「大豊(だいほう)ビル」「大手ビル」という異なるビルが連なり、それらをまとめて水上ビルと呼んでいます。これらは3〜5階の鉄筋コンクリート造で、豊橋駅から東に向かう駅前大通りに並行して流れる農業用水の「牟呂用水」を暗渠化(ふたをされた水路)した上に建てられています。水上ビルの中で最初に建設されたのは「大豊ビル」です。大豊ビルは、商店街組合に属する個人によるタテ割りの所有で1階は店舗、2階以上が事務所や住居となっています。そしてこの大豊ビルの1階部分に1964(昭和39)年に開業したのが「大豊商店街」です。
黒野さん:「大豊商店街」のルーツは、戦後の闇市にあります。豊橋は戦争末期に空襲で大きな被害を受けました。戦後になると焼け野原となった駅前に仮店舗や露天市場を中心とした闇市が現れるようになります。しかし、戦後復興が進むと闇市への取り締まりが厳しくなり、組織化が推進されるようになります。そんな中で前身となる「豊橋市民市場協同組合」が立ち上がりました。その後みんなで協力して駅前大通りに土地を購入し、58店舗からなる木造の雑居マーケットをスタートさせます。このときに「大きな豊橋をめざして」との願いを込めて「大豊」と名乗ったことが「大豊商店街」の由来です。
黒野さん:10年余り後になると防災や美観の観点からマーケットの移転問題が起こります。行き場がなく困った店主たちは、苦肉の策として用水路の上を活用するという奇策に至ります。公共的な用水路の上にビルを建てるというのは前代未聞で、実現に向けて関係各所との折衝など相当な苦難があったと思います。そうしたことを乗り越えて1964(昭和39)年に大豊ビルが誕生。翌年に「豊橋ビル」が完成し、その3年後に「大手ビル」が完成しました。こうして東西約800メートルに及ぶビル群が形成されました。
地域の芸術活動の充実を目指して始めた取り組み
――2023年4月には「みずのうえ文化センター」を設立されましたね。設立の経緯や想いをお聞かせください。
山田さん:私は他県出身で仕事の関係(愛知大学教員)で2013(平成25)年に豊橋に引っ越してきました。2020(令和2)年に退職しましたが、そのときに「今後どの街に住むか」をじっくり考えた結果、豊橋に住み続けることに決めました。その理由の一つが水上ビルと「大豊商店街」の魅力に惹かれたこと。もう一つは、地域の芸術活動を充実させる「芸術の種まき」みたいなものをしたいという想いがあり、豊橋はその想いを実現するのに合っている気がしたからです。そこで建築家でもある黒野さんにリノベーションを手伝ってもらい、水上ビルの住人になりました。
山田さん:最初の1年半は小さなイベントを「目指せ、月1回」程度に1人で行っていました。いろいろなゲストを呼び、ワークショップやトークなどを行っていましたが、一人で活動していくのは大変で。仲間を集めてみんなで活動する形にできないかと思い、立ち上げたのが「みずのうえ文化センター」です。組織化したのは2023(令和5)年4月。大豊商店街組合の会議室を拠点として使わせてもらい、黒野さん含め10名程度の仲間が集まり、スタートしました。
――「みずのうえ文化センター」は地域の方が気軽に参加できるさまざまなイベントを開催されているようですね。具体的なイベントや地域との連携で力を入れていることはありますか?
山田さん:「毎月の水あび」というイベントを行っています。アートやカルチャーを主軸に月1〜2回企画していますが、ワークショップ、トークイベント、音楽ライブなど、内容はさまざま。実行委員がみんなで企画を持ち寄り、面白いと感じたことを行っていくスタンスです。地域との連携に関して言えば、「みずのうえ文化センター」のメンバーには「穂の国とよはし芸術劇場プラット」「豊橋市美術博物館」「こども未来館ココニコ」など、公共施設のスタッフも多いです。
黒野さん:そこに民間が加わることで、施設の横のつながりができやすくなることはあります。例えば「穂の国とよはし芸術劇場プラット」で演劇をやっていたら図書館で演劇の本を並べるとか。皆さんもちろん独自でもやっていますが、もっといろいろ連携ができていければと思っています。
山田さん:会議やイベントで定期的に顔を合わせることになるので、思っていることを劇場と美術館のスタッフが話し合うなんてことがあります。その機会があるだけでも施設同士の交流になる。そういった意味ではこの活動が地域貢献になっていると言えるかもしれませんね。
水上ビルの「最期の20年」を考える会議がスタート
――今年誕生から60年を迎える「水上ビル」。「最期の20年」という言葉も印象的ですが、この言葉に込められた意味を教えてください。
黒野さん:じつは「最期の20年」を最初に言ったのは10年前、水上ビルが50周年を迎えるときでした。建築物は50年経つと「老朽化」と言われ、コンクリート建築は55年程度で建物の価値がなくなります。でも、コンクリートの寿命は本来80年程度あるといわれるので50年ぐらいで壊すのはもったいないですね。
黒野さん:加えて当時は老朽化にまつわる噂がいろいろ立ち、空き店舗が増えていました。老朽化していつ壊れるかわからないという場所に店を出す人なんていません。そこで「20年は壊れません。生き延びます」と宣言することで、外からの投資を萎えさないとの目的がありました。また「終わりがある」ことを所有者や居住者たちに伝えたいとの思いもありました。期間については30年とも言えましたが、長すぎて自分ごとにならないと考え20年としたわけです。
黒野さん:最初の宣言から10年経ち「実はもう20年いけるよ」「ビルはまだまだ元気だよ」ということを伝えてあげられたらと思っていました。そこで大豊ジャーナル(大豊協同組合が年に1回発行するタブロイド誌)の理事長コラムで「シン20年生き延びる?宣言!」を執筆しました。一方で終わりについても20年ぐらいかけてみんなで考えていきたいという思いがあって。そこで、「みずのうえ文化センター」で「最期の20年」をみんなで議論をすることを始めたというわけです。
――水上ビル周辺とその周辺は、将来どのような街になっていくとお考えでしょうか。
黒野さん:まずは本当に壊さなければいけないのか、ということを私自身も知りたいと思っています。もちろん20年後も水上ビルを残せるのであれば、残したい。でも、どれだけ現実的かを知らないまま「残しましょう」と呼びかけても無責任ですよね。だからこの2〜3年の間に勉強して今後を考えていきたいですね。
山田さん:黒野さんがもう一度「最期の20年です」との記事を書いたときに、ここで始めないと何もないままずるずるいってしまうと思いました。これは20年あるからできることで、最後の3年で言い始めてもたぶん何もできないはずです。豊橋にとって水上ビルはそれだけ価値のあるビルだと思います。ただなくなってしまうのでは、豊橋の魅力がガクンと下がってしまうような気がします。だからどうするかを今探っているということですね。
利便性が高く芸術にも気軽に触れられる水上ビル界隈
――水上ビルの周辺の住みよさや魅力を教えてください。
山田さん:クルマを持っていますが、ほぼ乗らずに徒歩で生活できています。スーパーもあるし、必要なものは近くにそろっていますね。文化施設はすべて歩きか自転車で行けます。「豊橋」駅にも徒歩で行けて、そのまま新幹線に乗れるのも便利です。
――水上ビルとその周辺で好きなスポットやおすすめのスポットを教えてください。
山田さん:「穂の国とよはし芸術劇場プラット」ですね。私にとって近くに劇場があることは非常に大きいことで、実際に良いプログラムをやっていると思います。
黒野さん:私もせっかく劇場があるので好みのプログラムがあったら積極的に出かけることにしています。
山田さん:施設ができて10年ですが、「穂の国とよはし芸術劇場プラット」で舞台に触れるようになった当時の高校生がその業界で働くようになっています。きちんと人材を作っている貴重な劇場だと思います。また、大都市には美術館や劇場もたくさんありますが、そこへ行くためのハードルは高い。でも、ここでは徒歩や自転車でプラッと気軽に行けるので芸術に触れるハードルが低い。それがすごくいいですね。
――これから水上ビル周辺に住むことを検討している方へメッセージをお願いします。
山田さん:利便性が高くて生活コストも低く抑えられるということで、非常に気に入っています。本音を言えば人に教えたくないくらい。できるだけ自慢しないようにしています(笑)。そして豊橋は伸びしろだらけの街だと思います。変化させられる余白がまだまだいっぱいあります。だから街の伸びしろを楽しみ、伸ばしていく取り組みを一緒にできるような方が来てくれたらうれしいですね。
みずのうえ文化センター・大豊商店街
大豊協同組合 代表理事 黒野 有一郎さん
みずのうえ文化センター 会長 山田 晋平さん
所在地:愛知県豊橋市駅前大通3-118大豊商店街B2棟
URL:https://daihou-mizunoue.com/
※この情報は2024(令和6)年10月時点のものです。